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BLOG start:2005.7.4

高三の息子とすっかり「どうで症」。
ジジババ・旦那とユルユルな毎日。
姉妹の真ん中で要領バッチリ♪

ぶーびー

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やっと電気が通り、ネットが使えるようになったので・・・

11日…15時前、会社で仕事をしていたら、グラグラと揺れた。
「地震?」
皆で動きを止め様子を見る。
ゴゴゴ・・・・・
地鳴りと同時に大きく揺れ始める。「これはヤバいかも!」と、急いで事務所の方に走りだす。
すぐに、もっと揺れがひどくなり、立っていられなくなる。机が左右に揺れ、どこにもつかまっていられない。
古い会社なので、天井から崩れてくる可能性もあるので、急いでスリッパのまま外の駐車場に出る。
皆も飛び出してきた。
立っていられない。駐車場の車が、前後に揺れ、前に1メートルくらい進む。
会社の窓ガラス・隣の会社の工場の窓ガラスがものすごい勢いで砕け散る。
皆で丸くなって、駐車場の真ん中でしゃがみこむ。
止まったかと思うと、すぐにまた揺れだす。
「夢でも見てる? こんなのってあり得る?」
すぐに息子や旦那に電話してもつながらない。災害用伝言版がトップに出たので、旦那と息子にメッセージを送る。何度か揺れた後、社長が車で戻ってきた。
「営業には連絡が取れないけど、張り紙して、とりあえず皆、一旦帰れ。自宅と携帯の連絡先教えるから、何かあったら・・・」
皆、急いで車で家に向かう。
私も、車に乗って家に向かう。信号はついていない。道路も渋滞している。
譲り合いながら、いつもの田んぼ道を走る。
マンホールのフタの部分と道路が、50センチほど段差ができている。両側の電柱が全部傾いている。道路は、もう地割れができていて、地割れをゆっくりとまたいで走る。余震が続く中、必死で家に向かう。
家の前まで来たら、ジジとババと近所の人がいた。息子は、スーパーのバイト先に行ってすぐに地震にあい、客を逃がしてすぐに戻ってきたという。店員の中に、遠くから来ているおばちゃんがいて、家に戻る手段がないという。息子は家まで徒歩15分くらいなので、自分の自転車を貸して、走って帰ってきたそうだ。

地震が落ちついてきたので、家の中の掃除を始めた。
戸棚の中のコップ類が全部落ちてきて、粉々になっている。セトモノ類はあまり被害なし。テレビも前に倒れただけで、外傷なし。タンス類も、突っ張り棒していたので、全部のタンスが無傷。本棚の本が散乱するくらい。
台所の醤油などが床一面に広がっている。
ハッと気づき、息子に叫ぶ。
「コンビニに走れ! 食糧買ってきて!」
息子は意図することがすぐに理解したようで、すぐに近くのコンビニに走り出す。
余震が続く・・・雪も降ってきた。息子を外に出したのは間違いだったかな・・・
しばらくして、息子は袋二つを手にして、雪だるまのようになって戻ってきた。
皆、考えることが一緒だったらしく、後から後から人が押し寄せてきたようだ。
息子は、食パン3袋・カップラーメン・菓子パンなどを買ってきてくれた。本当によく機転がきく子だ。

連絡がなかなかつかない旦那が、夕方やっと帰ってきた。
1時間もかからない道のりを、3時間以上かけて帰ってきたそうだ。
何とか水道は出るが、ガスと電気がつかない。
前日にガスコンロのボンベを3本買っていたので、助かった。電池でつくキャンプ用のランプもある。
息子がバイトに行くときに・・・と買っておいたカイロが大箱で1つある。
夕方、暗くなり始めたので皆で厚着しジャンパーを着て、靴下を2枚履き、寒い中息子が買ってきたカップラーメンを食べた。電池がもったいないので、7時過ぎには布団に入る。心配なので、服は着たまま。ラジオも付けっぱなし。扉も開けたまま。皆、部屋の中はそれほど被害はなかったので、ベットで寝れる。
余震が何度も来る。10回以上は来ているんじゃないかな? 怖くて、なかなか寝れない。それでも朝は来る・・・

12日・・・ラジオで近くの荒浜が全滅で、道路に100体以上の遺体があるという。すぐ近くまで津波が来ていたんだ・・・
携帯の充電がきれる。車のガソリンは、前日に入れておいたので、車で息子・ババの携帯も充電。
自転車で動き回り、様子を見て歩く。どこの店も人の行列。コンロ用のボンベが足りないので、ホームセンターに並ぶ。道路1ブロックは人が並んでいるだろう。2時間以上並び、ボンベは売り切れ。カップラーメン5個と乾電池、トイレットペーパーを買う。
息子は今日から、バイト先のスーパーの手伝いに行っている。被災者へ店内から出せる商品を出して販売するそうだ。半日以上ボランティアで手伝いし、帰りに炊き出しをごちそうになり、自分でボンベを見つけ、1つ買ってきたそうだ。食料品もいくつかゲットしてきた。本当に頼りになる。

13日・・・車であたりを散策し、カマボコ屋の店頭で冷蔵庫に残っていたというカマボコ類をゲット。今日も息子はバイトの手伝い。帰りに食糧をもらってきたらしい。
夜、富山にいる姉の旦那が、富山から物資を調達してわざわざ山形経由で来てくれた。義兄の両親も仙台にいるから、心配で来たという。
街頭もない中、私の実家の山形両親から預かってきたものも含め、ボンベ・電池・携帯用充電器・ストーブ・灯油・缶詰類・トイレットペーパー・ティッシュペーパー・キャンプ用ランタンとバーナー・燃料・・・・
本当に助かった。ガスの復旧は1ヶ月以上かかるといわれている中、ボンベがあと2本しかなかった。ストーブも、暖をとってお湯が一緒に沸かせる。

14日・・・朝8時。会社に顔を出すついでに、途中のスーパーに並ぶ。1時間以上並びオレンジ・ナス・トマト・ジャガイモ・玉葱・スパゲッティー・ミートソース・缶詰類をゲット。
会社に行くと、男性数名が来て、片づけは終わったが電気が通らないとだめだという。今日も息子は手伝いです。旦那は次の日から会社に行ってます。多賀城の人が家を流されららしく、うちにあったキャンプ用の寝袋・キッチンセットなど一式寄付する。会社が支援物資供給の拠点とする話が出ているらしい。
旦那と息子と3人、洗面所でほとんど水にお湯を少しずつ使い、頭を洗う。

15日・・・朝早く、電気が通った。とりあえず、コップのガラスが散乱しているので、部屋中掃除機をかける。
洗濯機を回す。3日位、同じものを着ているからなぁ~。
会社の様子を見に行く途中、またスーパーにより、1時間以上並びお茶とおつまみ用ナッツ類をゲット。そういうものしかなくなってきたらしい。会社はまだ電気が通らないけど、従業員全員無事だったという家を流された人、車が流された人もいるらしい。ガソリンがなく、会社にも来れないらしい。
お父さんとお母さんが言い合っている。お母さんが泣きながら「こんな人の顔も見たくない!出て行くわ!」と騒いでいる。
事の発端は、ヒーターの説明書。ヒーターをつけたら、エラーが出た。エラー表示の説明を見るために、お母さんが説明書を探してくれて、あちこちいじってやっとついた。私は2階に行ってすぐに、喧嘩が始まったらしい。
なんでも、お父さんがお母さんに、その説明書が入っていた棚の書類を片付けろと、その辺にぶちまけたらしい。今、時間がたくさんあるのだから、だらしなくしていないでやれと・・・
お母さんは、今までラジオでしかわからなかった自分たちの現状を、やっとつながったテレビの画像で見たいので、後で片付けるから、今はテレビを見せてくれと・・・
その矛先は、私にまで来た。洗面所の下の洗剤類がいっぱいで、こんなに沢山いるのか!
出かける前に、玄関前くらいホウキで掃いていったらいいだろう!
今度は、私がプチ切れた。

今、生きるのに精一杯のひとが沢山いて、一歩外に出れば、避難場所の学校の前に給水車に並ぶ人の山、買い出しに何時間も並ぶ沢山の人、食糧を探して何時間も歩きまわる人・・・
お父さんは今まで何してた?
地震当日、ガラスが散乱している家の中、お母さんは醤油まみれの台所を使えるように掃除し、私は手を切りながらガラスの破片をかき集め、息子は食糧調達に雪の中並んで・・・
お父さんは、小屋の整理をしてました・・・
まずは寝る所じゃないの? 生活する場所じゃないの? 「沢山出たごみをしまっておくために、小屋を整理したんだ!」 そんなの、庭に置いておけばいいじゃん。災害が終わったら、片づければいいじゃん。
うちらだって、毎日足りないガソリンを使って、旦那は支援物資基地の準備、私は何時間も並んで食糧調達、息子は災害者のために無給のボランティアで物品販売の手伝い、お母さんはそんなうちらたために、考えて食事を作ってくれて・・・お父さんは、何してました? 植木の植え替えじゃないですか!
ガソリンが大事だっていうのに、粗大ごみ集積所まで見に行って、出てたら戻ってきて出してこい? もったいないから、見に行くついでに積んでいって、出てたら出してくればいいじゃないですか。
ガソリンの貴重性、分かってます?
余震で夜も満足に寝れない中、いつまた津波が来るかもしれない緊張感の中、休めるときに休んでもいいじゃないですか! 今は災害時なんですよ! 緊急事態なんですよ! 今の状況をわかってます? みんな、家族ため、困ってる人のために頑張っている中に、なぜに日常の細々したことを言い出すんですか?
今までだって、「自分の事、棚に上げて!」っていうような事、沢山あっても、みんな分かっててもあえて口に出してなかったんですよ? 
出しっぱなしもお父さんのモノは例外、余計なものを買って・・も、同じものを沢山買って場所をとっているお父さんのモノは例外・・・これだって、これだって、みんなお父さんが買ったものじゃないですか。
今の緊急時に、今日・明日をどう生きるかみんな必死になっているときに、こんなことで人を怒鳴って怒ってるなんて、恥ずかしいと思わないんですか? 家族離れ離れになって生死も分からない人達に申し訳ないでしょ!

お母さんは、自分の味方になってくれた私が嬉しかったみたいですけどね・・・
お父さんは、嫁にケチョンケチョンに言われて、しばらく静かでしたよ。
家族みんな、地震があった時から思ってたんですけどね・・・なぜに「小屋掃除」なのよ・・・って。
お母さんも、テレビで初めてこの地震の悲惨さを見てたら、お父さんのわがままぶりか情けなく感じたらしくてね。自分たちは、こんなに恵まれているのに・・と、悲しくもなってきたらしい。
そうなんですよ。うちには、今日になって初めて、この津波のすごさ・その2キロ先にうちらがいて無事だった奇跡・家にいて温かい食べ物・寝床があるという恵まれた環境が、テレビの映像で初めて知りました。

友達も、名取にいて家族と避難所にいる子。多賀城で目の前で自分の車が流された子。
隣の家のお母さんは、東六郷小に避難していて、目の前で人や車が流されていって、小学校に何百人と孤立して、やっと二日ぶりに帰ってくれて、食べ物が食べられたそうです。

毎日、何十人・何百人と言う人が買えるかもわからない日用品・ガソリン・命の綱の食品を求めて並び、何キロも歩いて買い出しや家族を探しているんです。一歩外に出ると、リュックをしょった人がたくさん歩いています。自転車で走り回っている人がたくさんいます。余震のたびに、ガソリンが切れかかってる車に家族を乗せラジオの津波情報を聞いているお父さん・・・
みんな、いつ終わるか分からないこの状況を、今日・明日生きるために必死なんです。
そんな中、東京や大都市で「いつか来るであろう大災害」のために、ガソリン・カップラーメン・電池などを買い集めているというニュース映像が、電気が通るようになってはじめて知った・・・
避難場所で必死に今を生きている人に、その分を回して下さいよ!
「いつか」のためじゃなして、「今」必要な人に・・・避難場所にいる被災者の人が、そんな呆たれニュースをしたら、どう思います?
情報源の全くない避難場所で、こんなニュースを耳にしたら・・・と思うと、ものすごく憤りを感じました。



というわけで、ネットが通じたので
はじめて知ったいろいろな事に憤りを感じながら、一日に何十回と続く余震の中
もったいないと暖房をつけずにコートを着こんで、冷たい手で打ってます。
私は元気です。1か月先まで無理であろうガスが復旧しないと、風呂にも入れないけど
なんとか、まだまだ恵まれた中で生きております。

皆で頑張ろう。
また、いつもの日常が戻ってくるまで・・・・
2011/03/16(水) 15:12 | コメント:5 | トラックバック:0 |
コメント

ミムラネェ : 生きてるだけで・・・

毎日お疲れさま
富山は滅多に地震が無いと聞いていたのに、あの瞬間
富山での震度3の揺れに驚き、TVをつけると震源地は宮城沖!!
ぶーびーと義父母を心配しながら連絡を取りつづけていました。
TVではヘリコプターからの映像で、大津波がゆりあげや荒浜を
のみこむ映像が生々しく流されいて・・・
その先にあるぶーびーの家は?!(≧ω≦。)と
とても心配になっていたのです

ぶーびー宅も東道路の壁がなかったら、もしかしたら水が来ていたかもしれない??
そんな状況だったのですよ~
あなた達だけでも生きててくれて・・・と少しホッとしました!

高速が緊急車両しか走れず、道路の状況を把握するのに
少し時間がかかってしまい、地震から2日目の訪問に
なってしまいましたが、旦那が行く事が出来て
少しでも役に立って良かった!^^
山形の実家でもガソリンが手に入らず、そちらに向かえず
かなりヤキモキしていたそうです。

早く高速道路の解放をしてくれれば・・・
と物流の流れが良くなる事を、切に願っています

大変ですが頑張いて下さい。
その家の太陽(エネルギー)はあなただと思うから・・・(笑)

TVの悲惨な映像を見過ぎて、体重が減ってきたミムラネェよりσ( ̄∇ ̄;)

koharuふんばっていてね

こちらでも出来る限りの節電 義援金など個人レベルで
出来る応援するからね。
こちらで心無いことする人確かにおおいよ。
不安で仕方ないんだろうな。
物資がうまく流れてほしい。
もうすこし 踏ん張っていてね。

Aうなぎ : 安心しました・・・

 こちら静岡県も 地震速報がはいり 長い間揺れ続けていました
 停電などの報道から その先を考えてしまい
 ブログを見るのが・・・ 
 怖かった・・・
 まずは Buuさんも家族の皆様もご無事で 安心しました。
 
 ホント 生きててくれて 良かった・・・

 

Jun1 : はじめまして

はじめまして、仙台市出身のJun1と申します。

地震に関する情報を探していたら、このブログに出会いました。
東六郷小という言葉を見て書き込みました(私は六郷小出身)。
私の実家は、屋根の瓦が壊れて雨漏り、家の中はメチャクチャになったようです(家の中はある手程度片づいたそうですが)。

実家に行きたいのですが行けないので、歯がゆい思いをしております。

無事であることが一番だと思います。
頑張って下さい。

ぶーびー : お返事♪

★ミムラネェ へ
いやいや
私も生きててよかったよ(汗)
映画のワンシーンのような地震だったからね。
余震の時もそうだったけど、夜中に足をぶつけて、青タン作りながらも、やっぱり一番最初に息子の所に走ったわ(笑)
どんなに大きくなっても、親って子供が一番なんだって、つくづく思った。

★koharu さんへ
毎日、PCや携帯でガソリンスタンドやスーパーの掲示板見て、駆け回ったなぁ~
お風呂なんて1週間に2回でも、平気だったし「なんとかなる」って、どうにか過ごしていたものね。
ほんと、皆さんにご心配おかけしました。
気にかけてもらえて、すんごく嬉しいです♪

★Aうなぎ さんへ
未だに余震が続いてて、宮城県沖だと、地鳴りがしてから地震が来ますね。
「また来る可能性大」って言われてるから、お風呂に入るときが一番落ち着かないです。
地震が来たら、まず最初に「津波警報」心配です。
いつになったら、地震の心配しなくて済むのかしら・・・

★Jun1 さんへ
はじめまして♪
六郷小には避難している人はいなくなりましたが、東六郷小の子供たちが、六郷中に間借りして授業しております。中学校の体育館や武道館には、まだまだ300人近くいんじゃないかしら?
農協や六郷市民センターにも数十人います。
六郷地区は、部落が多いから、地域の団結力が強く、その分、地域から出るのを拒んだために、中学校に残ってる人が多いみたいですね。
子供達が体育館や校庭が使えないのはかわいそうですが・・・
もう少しで日辺近くに仮設住宅が増えて行くと思うので、あとちょっと・・と見ているのですが・・・
避難している人が多い分、芸能人等が多く学校に来ているみたいで、子供達は大興奮の毎日のようです。
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