プロフィール
BLOG start:2005.7.4

高三の息子とすっかり「どうで症」。
ジジババ・旦那とユルユルな毎日。
姉妹の真ん中で要領バッチリ♪

ぶーびー

管理人 : ぶーびー

 
メール
メールはこちらへ♪

icon_mail33.gif

 
最近の記事
 
最近のコメント
 
最近のトラックバック
 
月別アーカイブ
 
QRコード
QRコード
 
ぶーびーショップ
ポチッとな♪

アマゾンショップ butatane.gif


butatane.gif

 
ブロとも申請フォーム
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:-- |
御無沙汰しております。

さて、題名の 「はじめての・・」 とは、うちの高校3年生になった息子君の事でして・・・
何だと思います?

実は・・・



「入院」 してましてん・・・(笑)


5日間だけの短期だったんですけどね。
いやいや・・・本人は大変だったんですよ。
入院の病名は 「自然気胸 (しぜんききょう)」 といいます。
ググると判りますが、まぁ、早く言ってしまえば
「とくに痩せていて身長の高い、成長期の男性がなりやすく、肺の壁が薄くて、空気の袋ができ、何かの原因で袋が破れ、肺に穴があいて、空気がもれて肺を圧迫し、肺が押されて小さくなるので息苦しい」
というようなもんですね。
昔から、成長痛なんてのもありましたからねぇ・・・
今なんて、身長が180近くあるのに、体重が60キロないですから (笑)

春休みが終わりに近い、4月2日に街の中でガス溶接の講習が1日間あり、その帰りに胸が痛く苦しくなったそうです。
で、寝るときに胸から コポコポッ と音がしてくる。
ネットでググると、「自然気胸」 という言葉が出てきて、症状が同じ。
3日にはこれまた1日かがりでガス溶接の講習があるので、これは受けないと修了証がもらえない・・・
というので、車で送り迎えしてやったんですよ。
その後、落ち着いたというので様子を見てましたが、金曜日にやっぱり・・・
というので内科に連れて行ったら 「自然気胸」 だね…と即答。
やっぱりなぁ〜 入院するだろうと思ってたので、息子が生まれた旧国立、仙台医療センターの呼吸器外科に紹介状を書いてもらいました。
昔と違って、今は紹介状がないと大きい病院に行けないんですよ。
まぁ、ここには私も2回ほど入院してますしね。

呼吸器外科に行くと、持って行ったレントゲンを見ながら 「入院ですね・・・」 
と言われて、すぐに入院手続きを。
その間に、息子は処置室で部分麻酔をされ、脇の下からペンの太さほどの管のついた装置が付けられました。
息子は、「全身麻酔で・・・」 と言っていたが、さすがに無理でしょ・・・そこだけだから (笑)
管で空気を抜いていくわけですが、引っ張られる感じで痛かったそうな。
痛み止めの薬もあまり効かず、ちょっと強い薬に変えてもらったそうだ。
その間に、私は一旦家に戻って着替えやら何やら、一式取りに戻りました。

ジジババ・旦那も驚いたようですが、なんと、みんな 『風邪ひき』 さんでね・・・
入院病棟が呼吸器なので、病院に立ち入り禁止にしました。
喘息の人とかいるから、うつったら大変!
続きを読む »
2012/04/12(木) 18:07 | コメント:7 | トラックバック:0 |
久々にどうでしょうのサイトを覗いた (ごめんね・・・汗)

そしたら、女川の笹かま屋さん 『高政』 さん (お正月に、ここの変わり種のカマボコをよく買います♪) が、北海道まで会いに行って交渉してきたみたいですね。
(高政さんのサイトに、藤やんとうれしーの写真が♪ いい味出してるなぁ〜)

というわけで、

女川町復幸祭 2012年3月18日(日) 10:00開始〜17:00終了予定

15:30頃 「藤村・嬉野 (水曜どうでしょう) トークLIVE 女川をキャンプ地とする !!」
チーフディレクターの藤村 忠寿氏
カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん



みなさん、ぜひ見に行って
お金を沢山落として来て下さい!
女川の復興に協力して下さい!

・・・あぁ・・・
あたしは、その日は練習だ・・・・


やっぱり、司会は宮城の星・本間ちゃん(笑)ですね。

樋口了一さんも来るみたいだし、どうでしょうの曲歌ってくれないかな・・・(笑)
2012/03/12(月) 21:14 | コメント:2 | トラックバック:0 |
あれから、一年たちました。
『あっという間』という言葉がそのまま当てはまるように、本当にあんなことがあった事が嘘のような、夢でも見てたような気分です。

この間、うちらの雀のブログメール宛に、メールが来ました。
練習場所に借りていて、被災した小学校の体育館の掃除の記事に関してでした。
『被災しても頑張っている団体がいると感心して見ていたら、小学校の掃除の記事を読んで驚いた。帰りたくても帰れない児童の学校で練習するという発想が信じられない。人間性を疑う。』
と書かれ、メールアドレスも書かれていない、名無しの権兵衛さんからでした。

『早くまたここで練習したい』と書いたのが気にさわったのか分かりませんが…
そこが立ち入り禁止区域になり、児童達は中学校の教室を間借りして授業をすることが正式決定した事を知ったのは後日であり、清掃当日は、いつも体育館を使わせてもらってた地域スポーツ団体と一緒に、せめて泥だらけの体育館だけでもきれいする、お手伝いをしましょう…ということでした。少しでも早く、子供たちが使えるようになれば…と。

当日は、ボランティアも来るはずが、時間を過ぎても、うちらの団体数名だけ。それでも出来ることだけでも…と少しだけ掃除して帰りましたが、後日、ボランティアは『この学校は教育委員会から使用許可がおりないので、他の学校に行った。』と聞かされた。
うちらにしてみれば、連絡が回らなかったから誰も来なかったことよりも、『使えないから掃除はいい』と決断されたことに腹がたった。
それでも、みんなが使ってた学校を、少しでも元の姿に戻してあげたいじゃない?

震災後は、『被災しても活動している団体』と、あちこちから依頼が来ます。先方が経費を出してくれて、演舞してくることもあります。
うちらは、『自分たちが元気な姿を見せないと、地元が元気にならない。支援して下さった全国の人に、元気な笑顔で有り難うと伝えなければ…』と頑張ってきました。
この小学校のように、練習場所に借りていた所が殆ど使えなくなり、練習もままならなくて、申し訳ないくらいグダグダな演舞になってしまって心苦しいながらも…
自分たちの事だけでも大変なのに、笑顔で頑張っていた家族もいました。『地元の復興のため』に。

『早く元に戻ってほしい』という気持ちから、『早くまたここで練習がしたい』と言ったことが、『自分たちの練習場所確保の為に掃除した』と思われたことが、残念です。
自分たちが頑張ってきた一年を、そんな風な目で見ていた人がいたなんて。

メールアドレスがなかったので、記事のコメント欄に返事を入れましたが…
ぜひ、現地に直接来て、その目で見て欲しい。
あれから一年たつのに、何も変わらず、何もかもなくなってしまったままの、この地を。
すぐ側なのに、まるで別世界の地元の復興を願っているのは、誰よりも、そこで生活している地元の私たちなのだから。

昨日の14時46分は、家族で仏間に集まり、静かに手を合わせました。
二度とこんなつらい思いをしないように…
明るい未来への道が、まっすぐ伸びて行きますように…
2012/03/12(月) 14:51 | コメント:0 | トラックバック:0 |
とんとご無沙汰しておりました♪

突然ですが、明日の朝早くに仙台空港を出発し、大阪の堺市に参ります。
1泊ですが・・・日曜の夜9時ごろ仙台に着きます。
なぜ、堺かと言うと・・・

私のやっている【すずめ踊り】ですが、いわれは

【仙台城の石垣の石工として泉州・堺から仙台に来ていた職人たちが、築城の祝いの席にて、即興で扇子一本を手に持ち、すずめが餌をついばむような恰好で浮かれ踊った。その姿を伊達家家紋のすずめにちなんで『すずめ踊り』とし、築城は軍事機密のため故郷に帰れなかった石工たちが、現在の八幡町に住んで伝承していった・・・】

というものなんです。
仙台でも昭和60年以降に現在の曲・踊りにアレンジされ、全員が同じ踊りを踊る『統一踊り』と各チーム別の自由な振り付けで踊ったりと、様変わりしてきました。
で、青葉祭りで踊っている姿を堺の方が見て、『自分達の先祖たちの踊りなら、ぜひ堺でも・・・』というわけで、堺でもすずめ踊りのチームが出来て行ったそうです。

仙台の青葉まつりでは堺の方が、堺の祭りでは仙台の代表がそれぞれ行って、踊りを披露しておりました。
去年までは、仙台のチームの中でも精鋭が選ばれ、舞台構成も作られ、完璧な『プロ集団』のような方々が堺組として参加しておりましたが
今回は、堺の方から【震災もありましたし、是非、子供たちを招待したい】と申し出がありまして
3分の1の地域が津波被害にあった私たちのチームと、同じく子供達と親とがやっているチームの二つのチームから30名ずつ、計60名と関係者の総勢75名で行きます。

大阪・堺祭り
携帯はこちら

15日14時からの【なんば市ステージ】では、一緒に行くもう一つのチームが舞台に出ます。
私たちは、夕方からの市民会館のステージに出ます。
16日は、10時過ぎからの【南蛮ガラクタ市】には、もうひとつのチームが舞台で。
山之口商店街】の路地では、うちら黄色い法被のチームが歩きながら浮かれて踊り狂います!
その後、全員で13時過ぎからパレードに参加します。
時間が間に合えば、15時過ぎの【なんばん市】にうちらがでますが、いつも飛行機に間に合わなくなるので、出れないほうが多いとか・・・

というわけで、大阪近辺の方
15・16日は、黄色い法被で扇子をバタバタ振っていたら、仙台から来たうちらです!
その中で、私は笛吹いてます(笑)
今回、笛もグルグル楽しそうに動きながら吹かなくちゃいけないんだと・・・

初めての県外での参戦です!
お時間がある方は、ぜひ、見に来て下さい!
震災にも負けない、津波にも負けない宮城を!
2011/10/14(金) 20:27 | コメント:2 | トラックバック:0 |
30日の火曜日、天気が良かったので、お風呂にカビキラーをまいて大汗かきながら大掃除。
終わってアイスコーヒーをジジババと飲んでいて、フッと思い立って・・・

『今週の土曜日の夕方、皆で乗り合わせて松島に演舞しに行くんだけど・・・
皆が高速で行くらしい。
私、高速で松島まで行ったことがないから、ドライブがてらに行ってこようかと・・・
罹災証明があるから、タダだし♪』

なんて話をし始めたら、おババが
『いいね♪ 天気もいいし・・・』
と、私ひとりで行くつもりだったが、いつの間にか、おババも行く気満々に・・・
おジジは、畑でやることがあるから、留守番しているというので、おババと出かけることに。

まずは、今泉インターから乗って、南部道路と東部道路の分岐。
もちろん、東部方面へ。(携帯のナビをつけながら走ってましたが・・・笑)
仙台東インターは、大体混むのよね・・・商業地域だから。
途中から、2車線が1車線に変わったのでノロノロ運転になる。
利府ジャンクションで松島方面に行き、松島海岸インターで降りた。
まぁ、家から40分かからなかった。
で、おババとブラブラしながらお昼にしようと話になり、センベイを売ってる店に入る。
おババは上機嫌で、旦那には酒を、息子にはセンベイを、おジジには辛子ミソを買い
私には、祭り用の手ぬぐいを買ってくれた。
『何食べようか?』
と言いながら、海に来たのでやっぱり寿司? ということになり
目の前で握って作ってくれた、二千円の握りセットを注文。
ここも、おババが出してくれた。
松島の店は、強い津波は来なかったけれど、二日目になっても膝上の水が引かなかったそうな。
3軒に1軒の割合で、店が閉まっていた。
観光客も、さすがにパラパラしかいない。
帰りに物産館によって、おババが私の大好きな『ホタテの貝ヒモ』の珍味を買ってくれた(笑)
ちょっと変わったサイダーを飲みながら、下の道をゆっくりと帰ってくることにした。

途中で道を間違えちゃったけど
(建物が色々となくなってて、わかんなくなって・・・)
多賀城の産業道路を通って帰ってきた。
ここのジャスコも、1階が水没したんだよねぇ・・・

家に着いてからも、ずっとおババは上機嫌だった。
『思いがけず、プチ旅行気分♪ しばらくおジジに何言われても、平気だわ♪』
私も、新鮮な寿司をごちそうになったし、いろいろと買ってもらったし♪

私は、その晩、霞の目の自衛隊の祭りで演舞のお出かけでしたが(汗)
旦那が帰ってきてからも、おババは上機嫌でお出かけの様子を語っていたらしい。

嫁と姑の仲良しのお出かけでした(笑)
2011/08/31(水) 20:23 | コメント:0 | トラックバック:0 |
私の事じゃないですけどね(笑)

うちの息子君、去年の10月ごろからやっていたスーパーのバイトを7月でやめた。
なぜかというと・・・
『津軽三味線習いたいから』

今時、珍しいこと言うと思いません?
まぁ、私と すずめ踊り のお囃子をしていたので、和楽器にはもともと興味はあったらしいですけど。
普通の三味線は、優しい音ですが、一本でメインにもなれ、音の迫力がある 『津軽三味線』 をやってみたかったらしく
バイトを始めた理由も 『津軽三味線は高額だから、三味線代と習い事のお金を貯める』 のが目的だったと言っておりました。
バイトも毎日行っていたので、結構たまりましてね。
夏休みもあって、街中のカワイ音楽教室と近くにある津軽三味線の教室に体験で行ったみたいです。
カワイ音楽教室はHPで見つけて、資料送ってもらって体験し
近くの教室は、居酒屋の二階の和室の窓に、でっかく 『生徒募集』 と出ていたのを、うちのババが見つけたので、直接電話してみたようだ。

先日、近くの津軽三味線教室に夕方、体験しに行った。
若い先生で、松田隆行さんという。
全国大会で何度も優勝していて、有名な人らしい。
三味線も、最初のうちは貸してくれるそうで、買うとなれば手頃な奴を紹介してくれるとか。
で、その先生が 「良かったら、明日もおいで」 と言われたそうなので、今日も行ってきたらしい。
そしたら、柴田三兄弟が来ていたとか・・・
先生に教わりに来ていたらしく、見学者は息子一人。
初心者で、9月から始めるので、特別に見学に声をかけたくれたらしい。
この兄妹、宮城県利府町出身だそうで、結構有名です。
息子がジジババと旦那を誘って、来月、美里町でやる 『エムズ ジャパン』 のライブにも出ます。
私は すずめ を青葉城跡で演舞する日なので、行けません(泣)
遠いので 『パパを誘えば、連れて行ってもらえるんじゃない?』 と、チケット買いました(笑)
ババも、和楽器演奏好きですから、話に乗ってきましたよ♪

結構、物おじしない性格なので
一人で教室に連絡し、一人で習う事を決めたそうです。
周りの人にも 「なぜ、津軽三味線?」 と不思議がられるそうですが
私と一緒で 『和』 のモノに興味があるそうです。
ええ・・・
私も、パックや携帯入れ等、和物が大好きですから・・・
ババも依然、大正琴やってたので 『和楽器演奏』 なんかしたら面白いね♪
と、ババと息子と三人で盛り上がっております(笑)

・・・・三日坊主にならなきゃいいけど・・・
もう、9月からの練習を待ちきれないようですが♪
2011/08/24(水) 19:58 | コメント:0 | トラックバック:0 |
正直、この二日間の感想は 「疲れた・・」 の一言でしたな(笑)

16日の土曜日は、17時スタートなのに
練習やら説明やらで13時には西公園に集合。(ええっ? メインの公園と正反対の場所じゃない・・)
うちらは「被災地のすずめ」なので、定禅寺通りの真ん中、遊歩道になっているステージ2ヶ所で踊るらしい・・・
子供達は市民広場に近いステージ。大人はエレクトロンホールのVIP席のまん前のステージ。
で、私は笛なんですけど、子供達の笛担当として一人で市民広場側のステージへ。

2時頃、現場でのリハーサルと言うことで舞台へ。
また、西公園に戻る。
本番前、定禅寺通りに・・・

うおっ?
何この人だかりは?
仙台にいて、初めて見る人の数だよ。
七夕とか、青葉まつりの比じゃないよ?
人をかき分け、車道を走りぬけて舞台へ向かう。
一斉に、お客さんから拍手がわきあがる。今、通っているのは舞台に立つうちらだけ。
後から、他のチームのすずめ達が走ってくる。
客席から 「がんばれ! 六●!」 と、声が飛んできた。
涙が出そうになる。

まずは、震災で亡くなられた方に黙祷。
そして、ナレーションが始まり・・・

「・・・震災で・・・衣装が無くなり・・・皆の協力で・・・六●すずめっこ!」

はいっ!?
今、名前言いませんでした?
すずめ踊りの紹介じゃなくて、モロ、うちらのチームの名前呼びましたけど?
中央にいる混合チームのお囃子の音がスピーカーから流れだし
それに合わせて、舞台のうちらも音を出し始めた。
子供達も、一生懸命、元気に踊った。
舞台の1コーラスが終わると、舞台から車道へ走り降りて、歩きながら踊りだす。
お囃子も、その後ろについていく。
スピーカーからの音は、ずれて聞こえてくるので、自分達のお囃子と少しずつずれてくる・・・・
締めの太鼓が鳴り、曲が終わり、七夕の紐を持って一斉に退却!

残念ながら、この後のパレードは、あまりの人のために
あの「花火大会の悲劇」を繰り返さないためにも中止という決断が下った。
全部が出来なくて、せっかく来てくれたパレードの皆さんや、お客さんに申し訳ない・・・
そんな思いで、家路につこうとしたら!
バスがなかなか来ないし、バス停には長蛇の列!
食事しようにも、何処も満席!
9時過ぎに、腹を鳴らしながら帰ってきましたよ。
自分達の待機場所は、メインの公園と正反対の場所にあるんで、出店すら回れないし!

一番びっくりしたのは、道路のゴミの山!
今まで、こんな汚い仙台は見たことない!
一番町もチラシや食べ物のゴミが散乱してるし、コンビニのゴミ箱は、入りきらないのにその周りにゴミを山のように捨てて行く人たち・・・・
想定していた人数の3倍の人出だった・・と言いながらも、自分達のゴミくらい、自分達で始末しようよ!
持って帰るとかさぁ。
よく、一晩できれいに片づけたと思うよ。ボランティアの人たち。
続きを読む »
2011/07/19(火) 20:27 | コメント:3 | トラックバック:0 |
カウンター
2005.9.22〜
 
ブログ内検索
 
お気に入り